ヒッチハイク失敗?辿り着くのか!? タジキスタンの首都ドゥシャンベ

タジキスタンのセブンレイクから首都ドゥシャンベを目指す一日。人生初のヒッチハイクは予定になく、焦り必須。
炎天下の中を孤軍、行進する羽目に…。どうなることやら。
2025年8月2日 1タジキスタンソモニ=15.5円

5:00に起きられるよう4:45にアラーム。早く起きて、山を眺める

セブンレイク第6湖の朝

5時にと言っていたのに、宿主が起きてこないので、仕方なく山を眺める。仕方ないという言葉が似合わないほど、朝の湖も美しい。

朝焼けの湖面
山並みと薄霧

今回の旅行で一番?の大トラブルが2つ発生。1つ目。宿主がお願いしていた麓町パンジャケントまでのタクシーが4:00に行ってしまったとのこと。しかもそれは8:00ごろにわかる。2時間山を見て過ごして待ってたらこれ。電話して降りる車を探してくれているのかなと思っていたが、そんなそぶりは見られなくなってきた。
いよいよ、ヒッチハイクをしないといけないらしい。50mほど離れた宿に荷物を置いたまま道でヒッチハイク開始。朝は6:30くらいに1台通っていたのをこの目で見た。開始早々、今日2台目の降りる車が通ろうとする。

(画像大)山道でヒッチハイク開始

宿のスタッフが交渉し、OKだと言うので急がされながら重いバックパックをダッシュで取りに行く。2000m弱の標高で流石に息が切れる。さて問題だったのがこのヒッチハイク。

結論は途中で何もないところに降ろされる。

分かれ道で往路同様、一度降ろされた。同じところだったので、また他の人を乗せてくれた後に、自分たちを拾って乗せてくれるものかと思った。先に車に乗っていた下山予定のタジキスタンの男の人と2人で車を降りる。10分ほどしてきて、車が戻ってきたので「よかった」と思いながら乗り込もうとするとそのタクシーはもう他のお客さんで満員になったからといって、欧米風の女の人を3、4人ぐらい乗せて止まらずに、私たちをスルーしていった。
慌てて声を出し、手を振るも、止まらない。
山道で車はすぐに見えなくなる。

突然の事態に途方に暮れる。私と上の山手から来たタジキスタン人が何もない山の中で下る車をただただ待つ。

無人の山道で待機
分岐点の先に車影なし

登り方向の車が通ったので、タジキスタン人は諦めてそれに乗り、自分の村へ帰っていく。この人は1時間かけて下った道を、ただ往復する1日を選んだ。可哀想…。地元民が諦めて家に帰ったのを見て自分が大丈夫なのかより心配になる。そのまま彼とはお別れする。彼はリュックを持ってくれたり、話したりしてくれてとても優しかった。
山道の集落で1人になってしまった。
降ろされた場所には小さな学校があり、そこに工事していた男の人が3人ぐらいいて、お茶やパン、杏の乾燥したものを食べるようにすすめてくれた。

Screenshot
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通りすがりの日本人に、気遣ってくれる気持ちがとてもありがたい。
男性にパンジャケントまで半分くらいのShingoと言う村まで乗せていってあげようか150ソモニでどう?というふうに聞かれたが、相場よりかなり高いので丁寧にお断りした。

Shingo方面への分岐
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30分ほど学校の門の前で待つが、車は一向に来ない。
急ぐべき理由は明日の午前10時30分のドゥシャンベ発ビシュケク行きの飛行機を予約してあること。つまり今日中にドゥシャンベに着かない限り、明日の飛行機には乗れない。パンジャケント市内から4時間の道のり。おそらく今日の12時ごろにはパンジャケント市内に着いた方が良いため少しずつ焦り始める。
残された手段が徒歩かヒッチハイクか、村人に車を交渉するのみ。ヒッチハイクをするために、何とか途中の村まで歩いて車が増えることを願いながら、徒歩を選択。最大10キロという制限をかけて歩いてみた。20分後ぐらいに1台車が降りてくるように見えたが、実際には降りてこなかった。
絶望。

期待した分、悲しい。第4湖を歩いて下り、およそ3キロの長さの第3湖に沿って歩く。
中央アジア、暑い。
日陰の無い山道をひたすら歩く。体感30度。バックパックはおよそ7kg。
何が辛いかというと、飛行機の期限がある中で、いつ車が来るか、乗せてもらえる可能性があるのかわからない事である。時間の制限がある中で終わりの見えない強行突破の歩行は精神的につらい。

Screenshot
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頭の中で歩くペースを計算しながら、飛行機に間に合わない最悪の事態を考える。
こんなことなら、朝5時から歩いていれば、炎天下の中、行進しなくて良かったのにとイライラする。
ぶつぶつ日本語で文句を言いながらも、ヒッチハイクをして降ろされたことについて考える。
ヒッチハイクは善意。降ろした運転手を責めることは道徳的に間違っていると心ではわかっている。イライラしたくない。計画性の無さが悔やまれる。
水はあるが、ネットがなく、将棋の角を取られたまま何とか踏ん張っているイメージ。
ひたすらに暑い。

水分補給のひと休み

向かいから軽装で徒歩の観光客8人ほどとすれ違う。ミニバスで来ているのか?不自然。
さらに2、3組の小グループともすれ違う。聞けば第4湖まで散歩に行くそう。第3湖を歩ききったところで、行き道に見たテント村のような新しめのキャンプサイトが見えて来た。少し集落がありそうで、わずかな可能性が見えてくる。
いくつか車が見え、さらに希望の光が見えて来た。
道の真ん中に車が乱雑に置かれていた。なんとそこでさっき私を降ろしたドライバーがいるではないか!意味がわからなさすぎる。そして昨日市場で優しくしてくれた。信頼できそうなドライバーもいる。そちらの方に交渉して、パンジャケントの市内まで乗せていってくれるように頼んだ。なぜかドライバーの男性たちが握手をしたり談笑したりしているので、30分待つそう。他の客を乗せるそうで、それにしてもこれだけ車を詰めてしまうと、他に登ったり下がったりする車が進めないのではないだろうか。本当に日本では起こり得ない謎な光景であるが、まぁこれもタジキスタンだと割り切る。

簡易テント村の拠点
車が道を占拠する不思議な光景

おそらくパンジャケントに帰れることが決まったので内心ほっとして、周囲を散策するも、コーラなどは売ってなかった。テント村は、マラソン大会?の拠点のようで、簡易的なものなのかもしれない。
下山する車の同乗者は、ウズベキスタンの旅行代理店の方2人で、ツアーをつくりに来たらしい。言われていた時間に車で第3湖のふもとを出発。途中「第一湖の村の中を散策したい。一緒にどうか?」と言われるので、願ったり叶ったり。村は質素で昔からの生活が残っていた。

第一湖の村の路地歩き
子どもたちと挨拶を交わす

村の集落は土壁や日干しレンガ?のようなもので作られ、屋根はトタンが多い。山あいの坂につくられた集落は石垣と土の壁でつくられ、こぢんまりとしている。最後にレンガ作りの作業をしていた土工のおじさんの家を見せてもらった。急に押しかけてごめんなさい。奥さんと子どもたちもいるようで、キッチンや寝室まで見学させてもらった。ご主人に心付けを渡す。タジキスタンの集落の人の家の中まで見られた貴重な体験になった。写真は控えるが、門を入ると、庭のようなスペースがあり、玄関兼リビング、奥に寝室があって、寝室はカーペットが敷いてあり、壁は一面卒業式の紅白幕のように紫地に白い刺繍のデザインの布が垂れていた。途中ベリーを摘んだり、川の冷たさを感じたりする。

石垣と土壁の家並み
渓流の冷たさに癒やされる

1人だと集落など、入れないので貴重な経験になった。
帰り道の途中、ウズベキスタンの二人が博物館も一緒に来るかいと尋ねてくれる。もちろん行きます!ドゥシャンベ行きのバスの時間が気になるが、まあいいや。
あの優しいドライバーが博物館まで行くのかい とやや怒り気味だった笑 たぶん無理を言っているのだろう。
それでも連れて行ってくれる。ウズベキスタン人によるタジキスタンのガイド。英語で丁寧に説明してもらえた。割と最近までタジキスタンとウズベキスタンは同じ国であり、昔はブハラを首都にかなり大きな国であったこと。5500年前からだと言われる遺跡から陶器や7世紀ごろのフレスコ画が出てきたこと(日本でいうキトラ?)フレスコ画はレーニングラード(現サンクトペテルブルク)のエルミタージュ美術館にあること。あれ?もしやこの目で見ている?笑

地域博物館の陶器展示
古代壁画の資料

代理店のウズベキスタンの2人とお別れ。(いきなり同乗させてくれ、良くしてくれました。最後はおまけに、おいしいサモサまでくれました。ありがとうございました。)ついでに、ドゥシャンベ行きのバスが出るターミナルまで乗せてもらった。下山からここまで合わせて運転手に120ソモニ払う。

パンジャケントからドゥシャンベ行きの乗り合いタクシーの集まる場所
アフトヴァグザール / Автовокзал

降りるや否や、「ドゥシャンベ?テスラ150ソモニ」と聞かれ、100〜150なら悪くないと思っていたから車を見て即決。古い遅い車で長距離はしんどい。

ターミナルで見つけたテスラ
乗車前に助手席を確保

どうしても道中の景色を楽しみたかったので、助手席を頼むと、200ならいいよとのこと。10分でお客さん後部座席3人赤ちゃん。発進。テスラがガンガン他の車を抜いて行く。直線なら100kmくらい出ていてとても快適。

ヘアピンの道だけ写真を撮りたいと、乗車前にお願いしていた。途中流れる雪解け水の冷蔵庫飲み物販売所を見てとても涼しげ。

Screenshot

アイニの街で充電休憩。お昼ごはん。35ソモニ。プロフ、スイカ、牛肉を煮たもの

アイニのプロフ定食
スイカと牛肉の煮込み
(画像大)本当はここで止まりたかった峠道

その後、他に寄ってあげるからと言われるが、ヘアピンカーブじゃないのでがっかりしていると、5kmの超絶排気ガストンネルを抜けた先のスポットで止まってくれて写真を撮った。思っていたより眺めがよく、良かった。

トンネル先の展望(1)
トンネル先の展望(2)

落石注意の看板があるものの、いつ岩が落ちてきてもおかしくない山肌は一切のガードなし笑
パンジャケントから昼食を入れて4時間弱でタジキスタンの首都ドゥシャンベに入る。速かった。
中心街はアパートやビルが立ち並び、タジキスタンとは思えない都会ぶり。

ドゥシャンベ中心街の並木道
新しい高層ビル群

タクシードライバーに手頃なホテルで降ろしてと頼んでいたのが、1軒目のホテルは満室、2軒目のホテルは12000円とかなり高額。ホステルでもいいと伝えると、「なんだー」という反応とともに、とても紳士的なドライバーは快く引き受けてくれた。残念ながらトラブル発生。ゲストハウスの1つ前の角で栓抜きを踏んでしまい右後輪のタイヤがパンク。「自分がさっきのホテルにしておけばよかった。ごめんなさい。」とロシア語翻訳アプリで謝る。ドライバーのおじさんは残念そうな顔一つせず、気にするなとのこと。イケおじ!ホステルの前で降ろしてもらい、200ソモニと、持ち合わせがあまりなく、パンク代50ソモニを気持ちだけ渡す。無茶苦茶申し訳ない。
ゲストハウスは750ソモニ=1125円でこの旅最安値。結局1000円を切ることがなかった…。円安。円の価値低い…。
2日ぶりのネットに歓喜笑
デジタルデトックス出来てちょうどよかった。

ゲストハウスの共用スペース
簡素なドミトリー室内

夜ご飯は宿近くの賑わってたレストランで。首都なので体感ちょっと高かったが、ラグマンもシュリクも美味しかった。1000円ちょっと。家族で食事している10歳くらいの女の子が赤ちゃんをあやしている。少子化すぎて最近の日本ではそんな光景を見るのも少なくなった気がする。 安全そうなので夜のドゥシャンベを散策(推奨はしません)電気が煌々とついていて、中心だけだが栄えているなと思わせられた。夜でもビルの工事が進められているのは需要がある証拠。
スマホ片手に若い女の人が1人で歩いているから、治安がいいと推測できる。中心部は中央アジアとは思えない高さのビルが並ぶ。田舎町から入国した時には想像できない栄(さか)えぶりにびっくり。一方で特に資源がない国で独裁国家のこの国はどんな政治と税でこの街を作っているのか心配になる。
街には国旗と銅像、大統領の肖像画が視界に必ず入ってくる。独裁国家ならではの統一感。慣れないので違和感しかない。緑、白、赤、緑、白、赤…遅くなりすぎる前に宿へ帰還。ゲストハウスはあまりきれいじゃなくて、やっぱりそれなりのところがいいなと思った。(シャワーで床がびちょびちょに濡れているとか、他人のいびきとか)(耳栓を2日目に片耳紛失した。あったら快適だったと思う笑)
疲れているので、ネットをチェックして爆睡したので問題なし。計画通り!

巨大フラッグとモニュメント
大統領肖像の看板

次回 キルギスの首都ビシュケク 7年ぶりの再会に感動!